おしらせ

2019-11-28 12:57:00
Okinawan Princess Da Legend of Hajichi Tattoos

「沖縄のお姫様のハジチの伝説」

文:リー・A・殿内さん

絵:ローラ・喜名さん

日本語・沖縄語訳:崎原正志さん

 

10月5日から11月4日まで、おきみゅーにて開催されていたハジチ展でも展示&販売していましたこちらの絵本。

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とっても素敵な内容なので、これは多くの人々に読んでもらいたい!と思い、山本芳美先生に相談後、株式会社ナンセイさん、美ら島財団さんのご協力のもと、販売に至った次第です^^

絵を担当されているローラさんにコンタクトをとり、出版社を紹介していただき、実は私が、ハワイの出版社から個人輸入しておりました(笑)

 

ネットでは海外版Amazonでのみ購入可能ですが、送料入れた金額は$26.93で10日ほどで届きます。

今回は送料のほかに税関でお金(消費税と地方消費税)がかかってしまったので、3150円で販売しておりますが、正直申し上げて、がんばってます(笑)

 

彫師になる前はいろんなお仕事してきたけど、本を100冊単位で個人輸入して、ショップに卸させてもらうという、取次さんのような経験は初めてだったので、とても良い経験になりました♪「大人の事情」ってやつを覗き見た感覚です。

アニメ「ガイコツ書店員  本田さん」を観て、本屋さん事情の知識を養いましたよー(笑)本田さんありがとーう!!

 

 

企画展期間中に、絵本をご購入くださった皆様、本当にありがとうございました!!

とても良い調子で販売されたおかげ様で、企画展終了後の現在も、2020年3月31日までおきみゅーのミュージアムショップにて購入可能となっておりますが、

那覇まで行くの遠いよー><とのお声もいただき、私のスタジオにも在庫を置いていますので、ぜひお近くへいらした際はお立ち寄りくださいませ~♪

 

私が個人で対応するため、郵送も可能ですので、ご購入いただける方はぜひ、chunkymaymay@gmail.comまでメールくださいませ♪

 

 

ローラさんもリーさんも、うちなーんちゅ4世の方々です。

ハジチをいれたかつての沖縄女性(ローラさんやリーさんらにとっての、大おばあちゃんですね)が、移民として海外で生きる中での辛苦も描かれています。

しかも、内容がハジチだけにとどまらず、ピジン(ハワイクレオール)語やうちなーぐちが現在置かれている状況を、ハジチの歴史と重ね合わせ、問題提起もしています。

 

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ハジチも、言語も、文化ですね。(もちろん「食」も♡)

 

1890年以降という時代は、産業が盛んになり、様々な土地独特の文化をないがしろにしてきちゃったんだなぁ、ということが分かります。

 

「豊かにしあわせに生きる。」って、どこの時代の人もそう同じように考えて生きていると思うけど、なにが「豊か」なのか、なにが「しあわせ」なのか、っていうのは、その時代時代で言葉が持つ意味やニュアンスが変わってきたんだなぁ、っていうことにも目が行って、興味深いですね。

 

まもなく2020年を迎えるわたしたちが生きるなかでの、「ゆたか」や「しあわせ」とは、いったい、どういうことなのでしょうね?

 

アーティストって、わりと毎日そういうことを考えるいきものだと思うんですが(笑)、 

この絵本読んだら、全人類アーティスト化できそうだなぁ♡って思いますので、ぜひ^^

 

 

2019-07-26 16:42:00

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県立の博物館、という大きな会場で、いれずみについての展示をおこなうのは、日本初!ということです。

企画展公式webサイト
https://webnansei098.wixsite.com/hajichi-exhibition


なぜ、いま、ハジチなのか。

この企画展の発案者である都留文科大学の山本芳美先生は、1990年代に、ハジチを持つ最終世代のお年寄りの女性たちと言葉を交わされ、貴重な資料や証言を残されています。
1899年、ハジチ文化を禁止する禁止令が明治政府から出されると、それまでは「女性として当たり前・大人の女性としての憧れ」だったハジチが、「特殊・異質」と見做されるようになり、否定され差別され、マイノリティー側へと追いやられ、徐々にハジチを施す女性が減少してゆき、1990年代後半には途絶えてしまったとされています。
明治・大正・昭和と、価値観が大きく変わるという激動の時代を独自の文化と共に生き抜いてきた沖縄の女性たち。ハジチ文化継承の最終世代であるおばあたちの生の声を聴いた山本先生は、おばあたちがいなくなってしまった現代においても、彼女たちの思いを現代社会が抱える問題提起とともに発信し続けておられます。

さて一方、沖縄の隣国、台湾では原住民族のタトゥーを台湾政府が保護し、むしろ積極的に文化を復興させ、現代と共生しようとする動向がうかがえます。
https://www-ws.pthg.gov.tw/Upload/verypingtung/8/mobile/index.html


山本先生は、タトゥーを肌に持つ外国人に対する温泉施設の対応問題も扱っておられます。
来年2020年東京オリンピックを機に、来日する外国人が増えることも予想されるなか、異国文化・価値観の違いを一方的に排除しようとする日本社会の風潮に対し、いま、疑問を投げかけたい。
そして、多文化共生する台湾の姿から、学ぶことがあるのではないだろうか?と願い、今回の企画展を発案されたということです。

現代日本でも、タトゥーを施す人は「特殊」で「普通ではない」というイメージが強く存在しています。

「普通」ってなんでしょうか?

2018年11月に医師免許のない彫師に対し、無罪判決が出されましたが、検察側は上告し、最高裁に向けて準備が行われている状況です。

いれずみ業界では、日本タトゥーイスト協会を設立し、被施術者の衛生面での安全性の確保に努めるべく変革が行われています。
https://tattooist.jp/

私もこの企画展が、皆様にハジチというかつて存在した一つの文化の中を生きた女性たちがたどってきた歴史と、いま、を深く見つめていただくことにより、湧きおこってくるさまざまな感情にフタをしなくてもいい時間、「自分がどう感じ、考えるのか」を皆様お一人お一人に大切にしていただける時間となることを願ってやみません。

沖縄が会場となりますが、ぜひぜひ足を運んでくださると嬉しいです!

最後になりますが、企画展は一人でも多くの方に見ていただきたい!という気持ちから、「入場無料」です。
共感していただける皆様には、クラウドファンディングサイトより、ご協力とご支援のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
クラウドファンディング期間は、9月30日までです。
https://a-port.asahi.com/okinawatimes/projects/OkinawaTaiwanTattoo/


※chromeを使用するとシステム上の不具合が発生するようです。firefoxやsafariなどを使用していただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。



HAGAZINEにて記事が掲載されています。
https://hagamag.com/uncategory/5313

沖縄タイムスweb版にて記事が掲載されています。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/462429

 

今年6月に、山本芳美先生からお電話をいただき、展示されるシリコン製の腕にハジチを再現するミッションに参加させていただいております。
https://chunkymaymay.blogspot.com/2019/08/blog-post.html

 

2019-04-11 15:19:00

① デザインが決まっていても、決まっていなくても大歓迎です。

まずはどのようなタトゥーをご希望されているか、お話を聞かせてください。

LINEやgmailにてご予約いただけましたら、確実です♪ が、スタジオが開いている時間帯であれば、そのままドアを開けて入っていただいて大歓迎です♡

遠方にお住いの方のカウンセリングは、メールでも承っております。

 

※料金のご案内は、[ スタジオについて ]タブから店舗情報をご覧ください。施術前に料金は明示させていただきますのでご安心くださいませ。

※デザイン料はいただいておりませんので、施術前でしたらいつでもキャンセルが可能です。

 

 

② デザイン、サイズ、お気持ちが固まってから施術となります。

 

※年齢確認をさせていただきますので、運転免許証やパスポートなどの顔写真付きの身分証をお持ちください。

※施術前日は十分な睡眠をとり、施術当日はしっかり食事をしてからご来店ください。

 

 

③ 施術の間は、くつろいでお過ごしください。

お話をしたり、映画を観たり、音楽を聴いたり、おやつを楽しむ方、読書をされる方や睡眠をとられる方(は、かなりのツワモノです(笑))もいらっしゃいます。

 

※当スタジオで使用する、針、チップ・グリップ、グローブやインクを入れるインクカップなどの、血液に触れるものはすべて使い捨てです。 

※エタノール消毒をしてから剃毛後、施術となりますが、麻酔等は一切使用しておりません。

※VEGAN INK(グリセリンも植物由来、など、徹底して動物性のものは一切使用せず、且つ動物の皮膚で試験等も行われていないタトゥーインク)を使用しています。

 

 

④ 施術完了の際は、作品の写真を撮らせていただき、その後にアフターケアについて説明させていただきます。

 

以上が流れとなりますが、施術に関してご不明な点があれば、ご遠慮なくご相談ください。

 

 

2019-03-26 15:39:00
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1980年1月29日、神奈川県生まれ。

2003年よりタトゥーアーティストとしての道を歩き始め、インドネシア、イギリス、アメリカ、ポーランド、イタリア、カナダ、ドイツを旅し多様なタトゥーアーティストと出逢う中で、タトゥーの表現力の多様さに魅了される。

 

2008年1月に千葉県にて未婚で長男を出産後、4月に渡米。マサチューセッツ州にてタトゥーアーティストライセンスを取得し、タトゥーショップにて約一年間勤務。

 

2009年に帰国し、東京に拠点を置くも2011年3月11日に東日本大震災にあい、奈良県に移るが、暮らしやすい気候を求めて2012年4月より沖縄県名護市に拠点を置く。2015年3月に未婚で長女を出産。

 

2016年9月より京都造形芸術大学通信教育部に編入学し芸術を学び、2018年9月に卒業。卒業研究では、古くは琉球の頃より沖縄に存在したハジチ文化を取り上げ、私たち人間の生活から生まれる文化の意義を考察した。http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/1456/

 

2019年2月22日に読谷村大木にスタジオをオープン。

 

以上、サクッと書いた自分の人生にあっけなさを感じ寂しくなりましたが、私自身が初めてタトゥーを彫ってもらったのは、2000年、20歳の時でした。

 

当時はインスタなんていう便利な無料情報媒体はなく、公衆電話のハローページで、”彫師””いれずみ”かなにかでタトゥーを彫ってくれる場所を調べて電話を掛けました(笑)

 

行ってみたら、昔ながらの和柄専門店。

いわゆる紋々のお兄さんたちがたくさんいて、20歳の小娘は明らかに場違いなかんじだし、

右腕に「JISマーク」を彫ってもらいたいって言うのも、場違いなかんじ(笑)。

なにせ日本工業規格のマークですから、昔ながらの和柄専門店で、見た感じ怖い系の若いお兄さんに「本当にこれ彫るの?」って何度も聞かれました(笑)

結果、期待通りキレイに彫ってもらって、お兄さんには今でも感謝です。名前もちゃんと覚えてます(笑)

 

バイトして自分で稼いだお金で彫りましたが、その頃の私の一番高い買い物といったらTHE BOOMのシングルCD「島唄」だったので、タトゥーを彫って大人としての実感みたいなのを得た記憶があります。

 

あと、私の思春期真っ盛り義務教育を受けている当時、1999年に人類は滅びるとか言われてたから、2000年になって「滅びないしどうやら大人になれたようだ、やりたいことやって生きなきゃマズイ」って思ったのか、とにかく私にとって「2000年の20歳」は節目でした。

 

タトゥーを彫ってから半年後、自分のやりたいことを見つけたくて、そのためには親にお金を出してもらって大学行くのは違うと常々思ってたので、大学中退を申し出て家を出て、もうそのあとは、がむしゃらに、いろんな仕事しながら生きてきました。

 

 

なにをしたら自分はたのしいのか、しあわせを感じられるのか、どんな自分で生きたいのか、文字通り裸になって仕事してきました(笑)

その頃「なんで、ジスマークなの?」っていろんな人からよく聞かれましたが、話すと長くなるので「私は日本製で安全だからです」と適当に答えていました。すみません。

 

 

話すと長い話は、書いても長くなるんだろうか?(笑)

 

 

私が子どもの頃、両親の家にはKAWAI製のアップライトピアノが家にあって、そのピアノにJISマークが書かれていました。

小学校教師だった父は、私が大人になったら幼稚園の先生になればいいと言って、5歳の頃から私はピアノ教室に通わされていました。

 

「通わされてた」って言い方ひどいですけど、当時はあくまで、絶対的な父からの指令なので(笑)、楽しいとか、おもしろいとか、嬉しい気持ちよりも、練習やだ、面倒くさい、なんのために?という気持ちが大きかったです。(幼稚園の先生じゃなくて、ケーキ屋さんが小さいころの夢だったし。)

 

そんな気持ちだから、家で練習しないし、ピアノの先生に私のやる気のなさがバレる。

 

先生はやさしい女性の先生で怒らなかったけど、先週弾けなかったところを今週も弾けないで同じこと注意されるのは、さすがにこどもだってやるせなさすぎる。

で、家で練習するようになったけど、突然うまくなったりはしない。

 

できなくて怒りがわいてきて、ピアノの鍵盤を叩いて八つ当たりしたって、

理不尽さを感じて、うわーーー!ってピアノに泣きついたって、うまくはならない。

 

5年弾いても10年弾いても15年弾いても、自分で何度も同じように鍵盤に指を運んで、少しずつ弾けるようになるし、それを自分がしなかったら永久になにも変わらない。

 

その「自分が行動しなければ、永久になにも変わらない」という、たいせつなことを小さいころから長い間私の体にたたきこんで教えてくれたのは、親でも学校の先生でもなく、ピアノでした。

 

私はこどもの頃、タトゥーというものを知らなかったけれど、小さいころからずっと寄り添ってくれていたKAWAIのピアノに入っていたJISマークを、いつからか”消えないもので私の体にも残したい”と思うようになりました。

 

単純に、ピアノとつながりたい、みたいな素朴な感情だったと思います。

 

でもそれが、私のタトゥーの原点になっているし、ピアノに教えてもらった私が生きる中で大切にしていること「自分が行動しなければ、永久になにも変わらない」は、彫ってからもうすぐ20年経つ今でも腕のジスマークと共に私の中にあるんですね~。

なんでジスマークを入れたか、意外に短く書けた!(笑)

 

 

物心ついた時から父とはそれぞれが感じる「しあわせ」という価値観について理解し合えず、「いれずみなんか、人間のすることじゃない。」という意見の父とは、最期まで本音で話をすることができませんでした。

たしかに、私のこころに寄り添ってくれてたピアノを買ってくれたのは、父ですし、

「おまえのためだ」と言われたときに、私が素直に感謝できるひとだったら、問題なかったんでしょうけど。ごめんね、お父さん。

 

 

親族でも歩み寄れなかった経験は、自分と違いのある相手を批判せず、偏見も持たずに、お互いを尊重することの大切さと難しさを教えてくれます。

 

そして「だれかのために」ではなくて、「自分がまずしあわせを感じられるために」生き始めて、彫師になって、しあわせなことに「メイさんに彫ってもらいたい」って言ってくれる方々に出逢うことができて、こんな自分でもだれかの役に立てていることに気づけた、そんな2000年からの20年でした。

 

私のJISマークみたいに、タトゥーには一つ一つの話があって、思いがあります。

 

 

そこなんですよね。

わたしにとっての「しあわせ」の源がひそんでいるのは。

 

やっぱ文章長くなっちゃった…

 

2019-03-04 13:09:00

旅好き、引っ越し好きの私が、彫師を始めて16年目にしてようやく!ひとつの場所にお店を持つことを決心いたしました笑

 

今まで、出逢い、信頼してくださり、お肌を預けてくださった皆様の笑顔と、家族と友人の励ましに支えられ、地球上のタトゥーを愛するすべての方々の想いに勇気づけられ、オープンすることができた次第です。

初心と感謝を忘れず、これからもめいっぱい楽しんで良い仕事をしていきたいと思います♡

 

皆様、今後も変わらぬご愛顧と、ひとつとして同じものはない人生のシェアを通じての、愛ある作品創出のご協力を、心よりよろしくお願い申し上げます。

 

メイ

 

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